くまモン in 東京

【くまもとサプライズin東京】第14回~蘆花恒春園~


「くまモン、毎日ご苦労さん。いつも頑張ってるから今日は僕が肩をモンであげるよ」

「お兄さん、サンくま~☆でも、もうちょっと左がいいカモン」

「おっ!お客さん、凝ってますねぇ~」

「お兄さん、そういえば今日は『くまもとサプライズin東京』のお仕事じゃなかったかモン?」

「おっ、さすが~、部長!今日は『蘆花恒春園』に行く予定だよ。ちょうど桜も咲いているから花見もできるかもね。」

「ばっ!花見なのかモン!?早く行きたいモン!」

「お兄さん、弁当持ったかモン?場所はとってあるのかモン?急がんと場所がなくなるモーーーン!」

「はいはい、じゃあとりあえず行ってみようよ!(花見じゃないんだけどなぁ~・・・)」

 

「くまモン、こちらの方が今回の情報を提供くださったSさんだよ。Sさん、今日はよろしくお願いします。」

「Sさん、情報サンくま☆お花見楽しみだモン(ほんとは花より弁当が気になるモン・・・)」

 

「くまモン・・・くまもとサプライズin東京のお仕事が花見のわけないじゃない。公園の名前をよく読んでみてよ。

ここは、くまもとが生んだ偉人『徳富蘆花』の旧邸が残る公園なんだよ。」

「ばっ!」


今回くまモンがやって来た、「蘆花恒春園」は、『不如帰』『自然と人生』『みみずのたはこと』などの名作で知られる明治・大正期の文豪、徳冨蘆花(健次郎)と愛子夫人が、後半生を過ごした住まいと庭、それに蘆花夫妻の墓地を中心とした公園なんです。

蘆花は明治40年2月まで、東京の青山高樹町に借家住まいをしていましたが、土に親しむ生活を営むため、当時まだ草深かった千歳村粕谷の地に土地と家屋を求め、「恒春園」と称し、昭和2年9月18日に逝去するまでの約20年間、晴耕雨読の生活を送りました。


 

 

「恒春園」という名は、作品「新春」がでた大正7年に蘆花自身が命名しました。


 

「「母屋」だモン!」


 

「茅屋」とは草ぶきの屋根の家という意味です。


 

当時の生活が伝わってきますね。


 

「かまど」に興味津々のくまモン。

「美味しいご飯が炊けるかモン」



「母屋にあがらせてもらおうか、くまモン」

「お兄さん、スリッパが入らんモン」


 


蘆花が愛子夫人に明治41年に買い与えたタンスです。背面には蘆花による裏書きが残されています。

「年季の入った良い風合いだモン」

「くまモン、触っちゃダメだって!」

 



こちらは母屋につながる「秋水書院」。

この建物は濾過が烏山にあった古屋を買い取り移築したしたもので、通称「奥書院」の名もあります。

くまモンが手を振ってるのが見えますか?

 

 

 

こちらは「梅花書屋」。

梅花書屋の名称は、蘆花の父・徳富一敬から譲られた書によるものらしく、その書も家内で見ることができます。

 

 

母屋と梅花書屋と秋水書院は廊下で繋がっていて、現在はさまざまな遺品の展示スペースになっています。

「だから触っちゃダメだって、くまモン」

 

 

 

蘆花と夫人が愛用した立派な教会用オルガン。

明治36年に製造されたこの楽器は、今では日本全国でも数少ない貴重なものです。


 

「おっきなテーブルだモン」

「秋水書院」に目を向けると、とても大きなテーブルが。

これは家具屋に特注制作したもので、多くの作品がこの大机で執筆されたということです。

 

 

「蘆花記念館」に移動してきた3人。

ここでは原稿や手紙を始めとする遺品の数々。その他にも蘆花にまつわる様々な資料を見ることができます。


 

 

 

黒田清輝が描いた「不如帰」口絵の原画や、当時世間を騒がせた運動家・安重根の書なども展示されています。


 

「蘆花さん、大したモンだモン」

明治・大正時代に思いを馳せるくまモンでした。

 

 

公園内には蘆花が植えた竹林が大きく育っていました。

 

 

 

蘆花夫妻のお墓におまいりする3人。

「安らかにお眠り下さいだモン」

 

 

 

「とーっても広い公園だモン。」

蘆花恒春園内にはこんな広場もあるんですよ。

遊びに来ていた子どもたちと一緒に駆けまわるくまモン。


 

「アスレチック広場で勝負だモン! ばっ!先に登られたモン」



「こっちは制覇したモン! いい眺めだモン」

 


「花見も一応できたモン☆」

 

 

「今日はたっぷり蘆花さんの事が分かったモン。Sさんサンくま~☆」

 

 

「『蘆花恒春園』を『くまもとサプライズin東京・第14号』に認定だモン!」

 

9月から、東京のなかのくまもとゆかりの場所を紹介してきた「くまもとサプライズin東京」。

ひとまず今回の第14号で終わりとさせていただきます。

ただ!首都圏・東京には、まだまだくまもとゆかりの場所がたくさんあります。

再び、くまモンとお兄さんが調査に乗り出す日はそう遠くないかもしれません!

たくさんネタを投稿いただいた皆さん、いつもこのシリーズを読んでくださった皆さん、本当にありがとうございました。

最後の締めはやはり、このセリフでしょう・・・

♪はい、おしまい!あとぜき!♪

皆さん、最後まで本当にありがとうございました!

 

くまもとサプライズin東京・第14号

 

「蘆花恒春園」

URL: http://www.tokyo-park.or.jp/park/format/index007.html

所在地: 東京都世田谷区粕谷一丁目

TEL : 03-3302-5016(蘆花恒春園サービスセンター)

 

【くまもとサプライズin東京】第13回~小泉八雲記念公園~


 

前回(第12回)の「漱石公園編」で、文豪・夏目漱石と熊本のつながり、そして東京にあるゆかりの場所についてくましく学んだくまモンとお兄さん。

実は、新宿区区長さんから追加情報をいただいていました。

それは、このすぐ近くに、もう1人、くまもとと深いつながりのある歴史上の偉大な人物に関するゆかりの場所があるという事実!

せっかくなんで、そちらにもお邪魔してきました!

今回は前回から引き続き、東京新宿にある「東京の中のくまもと」をご紹介します。

 

 

「小泉八雲記念公園にやって来たモン!」

皆さんは小泉八雲をご存じですか?

小泉八雲(別名:ラフカディオハーン)は、あの有名な「怪談」を記した作家です。

八雲の妻である節子から聞いた日本各地に伝わる伝説、幽霊話などを再話し、独自の解釈を加えて情緒豊かな文学作品としてよみがえらせた

のが「怪談」。「耳なし芳一」を世界に広く紹介したことで知られています。

 

 

「八雲さんの胸像だモン!」

 

「八雲さんの経歴がくましく書いてあるモン!」

小泉八雲は1850年(嘉永3年)、ギリシャでアイルランド人の父と、ギリシャ人の母との間に生まれます。

19歳でアメリカへ渡り、24歳のとき新聞記者となります。そして外国文学の翻訳、創作を発表して文才を認められるようになります。

1890年(明治23年)、39歳のとき記者として来日。

1896年(明治29年)に神戸から東京に移り住み、東京帝国大学の教壇に立ちました。

1902年(明治35年)、最初に住んだ市ヶ谷富久町からこの地(新宿)に転居し、2年後になくなるまで住んでいました。

その旧居跡の向かいに、ここ「小泉八雲記念公園」があります。


「柱の陰からこんちくわ!だモン☆」

この公園は、1989年(平成元年)、新宿区と八雲の生誕地ギリシアのレフガタ町が友好都市になったのを記念して作られたもの。

なので、門や柱、壁など全体的にギリシア風の造りになっています。新宿区にこんな公園があるなんて知らなかった方も多いのでは?


ギリシャ風の柱や花壇など、ちょっと他の公園とは違った雰囲気です。

 

「こちらのプレートも見てほしいモン☆」

 

八雲が幼少期を過ごしたアイルランドの家にあるプレートと同じものが掲げられています。

 


「ふむふむ、ふむふむ・・・・」

「わかったふりしなくていいよ、くまモン」

 

さて、こちらの写真は、くまもとにある「小泉八雲旧居」です。

小泉八雲熊本旧居は、明治時代、第五高等中学校(現在の熊本大学)の英語教師として熊本に赴任した際、最初の一年を過ごした住居です。八雲の作品の一つで ある「知られぬ日本の面影」はここで執筆されたといわれています。

平成7年(1995年)に復元された住居内には、八雲の足跡を紹介したパネルや作品のほ か、当時、八雲が毎朝礼拝したといわれる神棚も残されています。

「八雲のくまもと時代」について、詳しくはこちらをご覧ください。

 

 


今回案内していただいた新宿区職員の方々、本当にありがとうございました。

 

「『小泉八雲記念公園』を『くまもとサプライズin東京・第13号』に認定だモン!」

「そしてまた近いうちに、『東京の中のくまもと』紹介するモン☆」

 

それでは、第13回「くまもとサプライズin東京」はこのへんでおしまいに。

♪はい、おしまい!あとぜき!♪

 

くまもとサプライズin東京・第13号

 

「小泉八雲記念公園」

URL: http://www.city.shinjuku.lg.jp/seikatsu/midori01_001012.html

東京都新宿区大久保1-7

【くまもとサプライズin東京】第12回~漱石公園~


 

「・・・吾輩は“くま”である。名前はくまモン・・・どこで生まれたかは・・・熊本である・・・ムニャムニャ・・・」

 

 

「あれ?くまモン!それ僕の本じゃない!くまモンにはまだ難しいよ!何が“吾輩はくまである”だよ!」

「バカにしないでほしいモン!ボクだって分かるモン!猫さんの話だモン!ちょっとボクに置き換えてみただけだモン!」

 

 

皆さんもうお分かりですよね。くまモンが勝手に読んでいたお兄さんの本は、「吾輩は猫である」です。

日本文学を代表する名作ですから、読まれたことがある方も多いと思います。作者は言わずと知れた文豪「夏目漱石」ですね!

 

 

「そうだ!くまモン。せっかくだから夏目漱石の足跡を辿ってみない?実は、東京の新宿に「漱石ゆかりの場所」があるんだよ」

「ちょっと勉強してみるかモン!」

「実は、今回新宿区の区長さんが事前に色々教えてくれるんだって」

「ほんとかモン!区長さん久しぶりだモン!」

「前にお仕事でご一緒させていただいたモンね!」

 

 


「くまモン!今回色々教えてくれる新宿区の区長さんだよ!」

「区長さん!『吾輩はくま』だモン!今日はよろしくまお願いしますモン☆」

「すみません、区長さん・・・さっきちょっと覚えたんで・・・許してやってください(汗)」

 

中山弘子新宿区長は、元は東京都の職員として、労働行政をふりだしに、子ども・女性行政、消費行政、東京港埋立地の水辺と緑の回復事業、清掃事業、人事委員会、監査等に携わってこられた方です。

2002年の区長選挙で東京23区初の女性区長として当選され、現在3期目でいらっしゃいます。

 

くまモンとは、以前に熊本県のイベントに来ていただいた時や、新宿区のイベントにお呼ばれした時からのお顔見知り。

新宿区平和都市宣言について教えていただいたあと、仲良く手をつないで庁舎を案内していただきました(^o^)

 


「区長さん、新宿にある『漱石ゆかりの場所』について教えてほしいモン」

(以下、中山区長さんから分かりやすく、説明いただいた内容です。)

新宿区は、夏目漱石が生まれ育ち、その生涯を閉じたまちです。

晩年の9年間を過ごした早稲田南町の家では、作家として本格的な執筆活動を開始し、数々の名作を世に送り出しました。

この家は「漱石山房」と呼ばれ、週に一度、漱石を慕う弟子たちが集った木曜会が開催された場所としても知られています。」


「現在、新宿区では、平成29年の 漱石生誕150周年に向けて、(仮称)「漱石山房」記念館を整備する取組みを進めています。

夏目漱石終焉の地に記念館を整備することにより、「土地の記憶」を可視化し、未来に継承していくとともに、この記念館を夏目漱石に関する情報発信の拠点、情報収集・研究の拠点、まち歩きや歴史発見型新宿フィールドミュージアムの拠点として整備を進めていきます。」

記念館には、書斎・客間、ベランダ式回廊を中心とした「漱石山房」の一部を再現するほか、展示室、収蔵庫、図書閲覧室など文学館としての基本的な機能を備えます。

さらに、誰もが気軽に利用できるオープンな記念館とするため、喫茶コーナーやエントランスホールなどの交流スペースについても重視していきます。」


「区長さん、たくさん教えてくれて本当にサンくま☆」

中山区長、お忙しいところ、本当にありがとうございました。

 


「漱石公園にやって来たモン!」

区長さんの説明を聞いた2人は、さっそく新宿区の「漱石公園」に行ってきました!

 


「・・・・・漱石さん!『吾輩はくまである』・・・だモン☆」

「ばっ!やると思ったよ・・・くまモン・・・」


漱石公園には、新宿区にある漱石ゆかりのスポットを記した案内図がありました。

こうしたスポットを当時に思いを馳せながら、散策してみるのもいいですよね。

右の写真は、夏目漱石のマネをするくまモンです・・・

さて、読者の皆さんは、「夏目漱石」のことをどれくらいご存じですか?

根っからの漱石ファンの方もいれば、学校の授業で「こころ」を読んだだけって方もいらっしゃると思います。

しかし、その「漱石がくまもととゆかりがある」ということを知らない方は多いのではないでしょうか?

そこで、簡単に漱石とくまもとの関係をご紹介しますね。


夏目漱石は、ここ新宿で生まれ育ちました。漱石の少年時代を一言で言うなら「不遇の少年時代」。

家庭的に恵まれず、生活も大変苦しかったようです。

その後、成長した漱石は帝国大学へ入学。卒業後は、愛媛県の中学校や、熊本の旧制第五高等学校(現熊本大学)などの

英語教師を勤めました

このくまもと滞在時代の名残りが今でもくまもとに残っていて、漱石とくまもとのつながりを感じることができます。

こちらが現在、熊本大学にある五高記念館。ここで夏目漱石が教鞭をとったんですね。

ここは、熊本市にある「夏目漱石内坪井旧居」。

漱石は4年3カ月の熊本滞在期間中に何と6回も転居しました!

そのうち、5番目に移り住んだのがこの家で、最も長い1年8カ月を暮らしました。

あの偉大な文豪が実は「引越し魔」だったなんて意外な一面を聞くと、とたんに親近感がわきますね!



さて、こちらは新宿区の「漱石公園」にある「漱石山房風ベランダ回廊」。

「ちょっと瞑想だモン!漱石さんに思いを馳せるんだモン!」

「くまモン・・・一休みしてないよね?」

 


現在は、漱石が亡くなるまで過ごした「漱石山房」の外観が再現されています。

新しく整備される日が今から楽しみですね!

新宿区では、(仮称)「漱石山房」記念館の整備を行うにあたり、漱石ゆかりの地をはじめとする全国の皆さまからご支援・ご協力をいただく仕組みとして、夏目漱石記念施設整備基金を設置されるそうです。

基金の募集開始は、平成25年7月1日とのこと。

基金にご協力いただくと、所得税の控除や、いわゆる「ふるさと納税制度」の活用による住民税の控除が受けられるそうです。

また、ご寄附いただいた方には、金額に応じて記念館の銘鈑に記名するなどの特典を予定されています。

基金に関する情報は、順次、新宿区公式HP等で発信していくそうですので、皆さんぜひご覧いただければと思います。

「猫塚」の前で手を合わせるくまモン。

この猫塚、漱石の没後、遺族が家で飼っていた犬、猫、小鳥の供養のために建てたものです。


「道草庵だモン!」

こちらは漱石の関連資料やパネルを展示している「道草庵」。

 

漱石の生涯を分かりやすく記した年表があります。


「漱石さんの著書がいっぱいだモン☆」


中に設置してある俳句投函コーナーを目ざとく見つけたくまモン。一休みして俳句をしたためているよう・・・

「ところでくまモン、何て書いたの?」

「『ばんぺいゆ からしれんこん くるまえび』だモン!なかなかのモンかモン?」

「くまモン、ただ好物を並べただけじゃない・・・・」

続いて二人が向かったのは、「夏目坂通り」

漱石の生家がこの坂の途上にあったことからこの名がついているそう。

生誕100年を記念して建てられた石碑です。

 


「夏目坂だモン☆」

この辺りの名主であった漱石の父が、自分の姓を名付けて呼んでいたものが人々に広まり、やがてこう呼ばれ地図にものるようになったと言われています。

ちなみに、この周辺には漱石ゆかりのスポットがたくさんあります。

漱石の散歩道を散策し、当時の漱石の思いの一端に触れてみるのもお薦めですよ!


「『漱石公園』を『くまもとサプライズin東京・第12号』に認定だモン!」

「そしてまた近いうちに、『東京の中のくまもと』紹介するモン☆」

 

それでは、第12回「くまもとサプライズin東京」はこのへんでおしまいに。

♪はい、おしまい!あとぜき!♪

 

くまもとサプライズin東京・第12号

 

新宿区指定史跡「漱石公園」

URL: http://www.city.shinjuku.lg.jp/seikatsu/file15_03_00010.html

所在地: 東京都新宿区早稲田南町7

利用時間: 4~9月 午前8時~午後7時

10~3月 午前8時~午後5時

【くまもとサプライズin東京】第11回~あまくさ宝島市場~


 

「どうしたのくまモン?がりがり~ってやっても駄目だよ、メタボなんだから。何?気にしてんの?」

「最近は馬刺しに、あか牛に、えこめ牛に、あしきた牛に、鹿肉や猪肉にと肉が続いたから、ちょっと太ったような気がするモン・・・」

「くまモン・・・最近に限ったことじゃないよね」

 


「今日はなんだか魚が食べたい気分だモン・・・お兄さん、よろしくま☆」

「はっ?僕のおごり?」

「お兄さん、頼りにしてるモン!」

「くまなんだから、自分で鮭とりに行けばいいじゃない!」


 

「そうだ!あそこがいいモン☆お兄さん、さっ急いで行くモン!」

「ちょっとちょっと、行き先言ってよ!くまモン」



「イトーヨーカドー立場店さんにやって来たモン!」

さて、今回やって来たのはこちら!

横浜市泉区にある「イトーヨーカドー立場店」です。

なぜここにやって来たかというと・・・ここには、実は、熊本県天草市のアンテナショップがあるんです!

 


あまくさ宝島市場だモン!天草の海の幸が盛りだくさんだモン!」

今回やって来たのは、この「あまくさ宝島市場」

豊かな漁場で水揚げされた海産物の加工品に産直フルーツ、調味料からスイーツまで、日本の宝島〝天草〟の、ふるさとの味がせいぞろいしていますよ。

ちなみに、くまモンのお隣にいる方が、「あまくさ宝島市場」を紹介してくださったAさんです。


ところで皆さんは、天草ってご存知ですか?

熊本県南西部の紺碧の海に囲まれた美しい島々・・・それが天草!

大小120余りの島々からなり、その景観の美しさや豊かな海産物に恵まれていることなどから

「日本の宝島」ともいわれています。

周りを海に囲まれているので、タコやエビ、タイなどの魚介類が豊富に獲れ、天草の色んなお店で

さまざまな海鮮料理を味わうことができます。

天草では、いろんなお店で「海鮮丼」や「うに丼」などを食べることができます。

しかもどのお店も魚がうまい!新鮮な魚が豊富に獲れる天草ならではのぜいたくともいえます。


そんな天草の海の幸を首都圏で味わえるのが、今回おじゃました「天草宝島市場」。

部長もお店に入るやいなや、早速チェッくま☆中です。

「晩御飯のおかずは、ど・れ・に・し・よ・う・かモン?」


「ばっ!天草大王があるモン!」

くまモンが目ざとく見つけたのは、くまもと・天草が世界に誇るブランド地鶏「天草大王」。

この天草大王、大きいものになると身の丈1メートル、体重7キロ近くにもなるというから驚き!

大王の名に恥じないこの天草大王、地鶏の割には、身がそんなに固くなく、意外としっとりしていてとってもジューシーです。

首都圏ではなかなかお目にかかれないかもしれないので、ぜひここに来たときはゲットしてみてくださいね!

 


「こっぱ餅も発見だモン!」

こちらは天草を代表する食べ物「こっぱ餅」。

自然の味豊かな甘藷(サツマイモ)を煮干した物に、もち米と上白糖を加えたもの。

オーブンで軽くあぶって食べると、もちがやわらかくなってとってもおいしいです!


「四郎くんの初恋の味ってどんな味かモン!?やっぱり甘酸っぱいのかモン?」

「おっ!?くまモン、よく初恋が甘酸っぱいって知ってたね~。ひょっとして初恋の人がいるの?」

「・・・ヒミツだモン☆」


こちらの四郎の初恋は、天草の特産物「いちじく」を使ったお菓子です。

口に入れると、いちじくのあま~い香りがいっぱいに広がり、幸せな気分に。

 


「いかの一夜干しと、さばのひらきだモン!」

 



「地だこのやわらか煮と、干しタコもあるモン!凧揚げできそうなくらいおっきかモン☆」

 

こちらはその干しダコを作っている様子。

天草では、夏の風物詩として有名な光景です。ちょっとシュールでしょう!?

 


「天然鯛の干物もたくさんあるモン!」

 


「タコめしの具『タコめしgoo!』だモン!」

「これを使えば、お兄さんでもまうごつ、うまかタコめしを作れるかモン」

「何がお兄さんでもだよ!くまモン」

 


「お買い上げサンくま~☆今日の晩御飯のおかずかモン?」

PRの合間を縫ってレジのお手伝い。いつにも増して働きモンの部長です。



「天草名物、地だこ醤油アイスとしいたけアイスだモン」

皆さん、このアイスすごいネーミングでしょう!「地だご醤油アイス」に「しいたけアイス」ですよ!

ちょっと・・・いやとっても味が気になりませんか?

ぜひこちらにお越しの際は、食べてみてくださいね。



「他にも珍しいアイスがたくさんあるモン」

「お兄さん、全種類買って帰るかモン!?」

 


「天草は天然塩もオススメだモン」


「有明海でとれた”あおさ”とタコの削り節だモン」



「天草ならではの南蛮風お菓子もいろいろあるモン」


「お姉さんは、デコポンやスイートスプリングは好きかモン?おすすめだモン」



「お兄さん、あのテレビに映ってる人はだれかモン」

「天草の地元の人たちだよ。天草の話題やメッセージコメントを、天草市役所の方が取材して送ってきてるんだって。」

「ばっ!そぎゃんだったのかモン!そら、熊本弁の勉強にもなるモン」

 


「天草の海の幸を首都圏で味わえる『あまくさ宝島市場』を『くまもとサプライズin東京・第11号』に認定だモン!」

「そしてまた近いうちに、『東京の中のくまもと』紹介するモン☆」

 

それでは、第11回「くまもとサプライズin東京」はこのへんでおしまいに。

♪はい、おしまい!あとぜき!♪

 

くまもとサプライズin東京・第11号

 

「あまくさ宝島市場」

URL: http://hp.amakusa-web.jp/a0929/

連絡先: 電話045-443-5258 FAX045-443-5258 e-mail net2han@star.ocn.ne.jp

所在地: 神奈川県横浜市泉区中田西1-1-15イトーヨーカドー立場店一階

営業時間: AM10:00~PM10:00(「8」のつく日はAM9:00開店)

店休日: 年中無休

駐車場: 有り

【くまもとサプライズin東京】第10回~徳富蘇峰記念館~



「モンモーン♪」

「おっ!くまモンご機嫌だね。何見てんの?」


「あっ!『八重の桜』じゃない!くまモン、大河好きなんだ~」

「だモン!くまもとにも関係があるから興味モンモンだモン!」

「えっ!?『八重の桜』の舞台は東北でしょ?何でくまもとなの?」

「お兄さん、“めっ!”だモン!勉強が足りないモン!」

 

さて、皆さんは現在の大河ドラマ「八重の桜」をご覧になっていますか?

主人公は、同志社大学創始者の新島攘の妻として知られる「新島八重(にいじまやえ)」ですね。

会津戦争時に、断髪・男装し、鶴ヶ城籠城戦で最新銃・スペンサー銃を手に奮戦したことから、

後に「幕末のジャンヌ・ダルク」と呼ばれた女性です。


この新島八重と親しい間柄にあり、深い親交があったのが、くまもとが生んだ偉人「徳富蘇峰」です。

今回は、新島八重とも関係のあった明治~昭和のオピニオンリーダー「徳富蘇峰」についてご紹介します。


「今日は、徳富さんの記念館に行って、お勉強だモン!」

「今回は頼りがいあるね!では、くまモン先生お願いします!」

 

 


というわけで、神奈川県にある「徳富蘇峰記念館」にやって来たくまモンとお兄さん。

ここには蘇峰にまつわる貴重な品々が数多く保存・公開されています。

昭和32年に95歳で亡くなるまで、明治・大正・昭和にわたって言論や出版など広い分野で

オピニオンリーダーとして活躍した熊本出身の偉人、徳富蘇峰。

「徳富蘇峰」について、詳しくはこちらをご覧ください。

本年度はその生誕150年という節目の年でもあることから、「蘇峰の秘蔵写真150枚に見る明治・大正・昭和展(6/30まで)」が開催中とのこと。

2人の興味も高まります。


 

 

「かながわの花の名所100選」に選ばれた園内の梅は、2月が見頃です。

この日は梅がだいぶ花開いているようでした(2月下旬取材時)

 


「きれいな梅が咲き始めているね!くまモン」

「梅干しと大盛りご飯食べたいモン・・・」

「えっ・・・!?何か言った?」

 

皆さん、梅の花がきれいでしょう!くまモンは花より団子のようですが・・・

さすが、「神奈川の花の名所100選」に選ばれていることだけはありますね!

 

 

館内敷地には、樹齢300年の古木もあります。


ちょうどこの日に梅園で行われていた「野点の会」でちょっと一服。

「お抹茶、おいしゅうございますモン☆」

 


こちらは今日記念館を案内してくださる塩崎さんです。

「塩崎さん、今日はよろしくま☆」

 

 


開催中の「蘇峰生誕150周年記念・明治大正昭和写真展」を見入るくまモン。

3つの時代を通して、徳富蘇峰が本当に様々な方との交流があったことがうかがえます。

 

 

阿蘇大観図は圧巻の作品!くまモンもお兄さんも真剣に見入っちゃいました。


「蘇峰先生、ボクもいつか立派なおとなになれるかモン?」

 

冒頭ご紹介した「新島八重」。

徳富蘇峰に差し出した6通の手紙を一堂に展示する手紙展が現在開催中です。

大河ドラマ「八重の桜」で新島八重に興味をお持ちになった方は、展示会を鑑賞

してみてはいかがでしょうか?


 

 

 

 

 

 

 


新島八重からの6通の手紙。

新島襄亡き後、蘇峰の気遣いに対してのお礼から始まっています。

時にお祝い、時にお見舞いや相談をしていたようです。6通の手紙を通じて、蘇峰と八重の深い信頼関係が伝わってきます。

 

食い入るように近くで鑑賞する部長・・・

部長が見ているのは、「国民之友」。


25歳で上京した蘇峰は、明治20年に東京銀座で出版社の「民友社」を設立します。

そして総合雑誌の草分けとなる月刊誌『国民之友』を創刊。3年後には『国民新聞』を発行します。

これらを通じての評論は、当時の若者から支持を受け、一躍時代の寵児となりました。

蘇峰が時代のオピニオンリーダーと称されるのもうなずけますね。

 


「フムフム・・・これは立派な大書だモン」

 

 


『近世日本国民史』
は、大正7年(1918)蘇峰56才の時に寄稿され『国民新聞』に掲載されるとともに順次刊行。

戦時中は紙の不足などのため中止され敗戦後は執筆も中断しましたが、昭和27年(1952)に全100巻が完成しました。

織田信長の時代から豊臣政権・江戸時代・幕末維新期・西南戦争までを綴ったもので、個人編著の歴史書としては世界でも屈指の規模です。

 


記念館から刊行されている書物。蔵書の目録と「蘇峰とその時代」。

「興味がある皆さん、よろしくま☆」

 



「お兄さん、ちゃんと勉強できたかモン?」

「もちろん!徳富蘇峰がすごい偉人だってことがよくわかったよ。記念館周りの梅もすてきだし、落ち着いた雰囲気がとても気に入ったよ!」

「お礼は馬刺しかあか牛ステーキでよかモン☆」

 


「『徳富蘇峰記念館』を『くまもとサプライズin東京・第10号』に認定だモン!」

「そしてまた近いうちに、『東京の中のくまもと』紹介するモン☆」

 

それでは、第10回「くまもとサプライズin東京」はこのへんでおしまいに。

♪はい、おしまい!あとぜき!♪

 

くまもとサプライズin東京・第10号

 

「徳富蘇峰記念館」

URL: http://www2.ocn.ne.jp/~tsoho/

神奈川県中郡二宮町二宮605

TEL: 0463-71-0266 FAX: 0463-71-0677

休館日: 毎週月曜日(月曜が祝日の場合は開館し、翌日休館)

開館時間: 10:00~16:00

入館料: 一般 700円 高校・大学生 500円 団体割引 (10名様以上)1割引き

※特別閉館日: 年末・年始1週間、夏期・第3週1週間